2017年4月6日木曜日

変わらずに。


こんばんは。

御無沙汰ぶりの投稿ですね。

パニック障害のほうは、近頃、女性専用車両に乗って通勤しているので、お陰でここ二ヶ月程起こっていないかな?

けれど、まだまだ、男性もいる満員の電車には、乗られる自信は無く。


いつか挑戦してみないと、克服出来ないのでしょうか?


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話変わって、昨日は上野公園へ、夜桜を観に行きました。


お花見客でいっぱいの上野公園。


最初は普通に、『桜たくさん咲いているなぁ~』と綺麗な桜の木を眺めていたのですが、徐々に“人が多い”というほうに、意識がいくようになり。


まわりの人の声が、敏感に聞こえるように感じてしまって。

そうなると、段々と落ち着かなくなり、自分の視線だとか、歩き方だとか、手の力の入り具合だとか、不自然になってしまいました。

脈の乱れ。



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また話は変わりますが、今日は、今月予定している自分のライブのリハーサルを、鍵盤サポートしてくださるかたと、行っていました。


声の調子は、以前から変わらず、全く良くなっていません(..)


ここ何日間かは、練習で歌っている=声を出しているということもあってか、より苦しいです。


一曲を歌う、一番、いやワンフレーズ歌うだけでも苦しいですね。


首を締め付けられながら、歌っている感覚です。


楽な出しかたを探しながら、声を出しているのですが、苦しい声しか出てこなくて、一瞬、楽な感覚を掴んだとしても、それは本当に一瞬の出来事で、新たな言葉を発しようとすると、すぐに駄目になってしまう。
キープが出来ない。



苦しいのはもはや、当たり前なので、今日はそのなかでも、誰かと一緒に合わせているという“楽しさ”を、感じながら時間を過ごすことが、出来たかな?


声が出ない、苦しいことに凹むことは、あまりなくなりました。

それが当たり前と、なってしまったから。


悲しいことなのですが。



いっこうに変化も見せず、良くならない自分の声、あとどのくらい、付き合っていかなければならないのかなぁ。

もう、ずっと、このままなのかなぁ。



私の昔の声、どこへいってしまったのだろう。


私は、どんな声をして、どんな話しかたをしていたのだっけ?



忘れてしまった、悲しいなぁ。


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上の写真は、今日、お家への帰り道に見つけたもの。


春ですね。

チューリップが好きです。


ほっこり出来るものたち、大切にしてゆきたいな。

2017年3月7日火曜日

指圧。

こんばんは。

この間、お仕事終わりに、指圧ルームへと行ってきました。

前々から、マッサージや整体など気になってはいたのですが、あまり機会がなく。


以前、岩盤浴がとても良かった場所があったのですが、同じところで、指圧やアロママッサージなどのコースもやっていたことを思い出し、たまたまこの間のお仕事現場が、そこの岩盤浴の駅だったので、思い立って行ってみました!


40分のマッサージコース。

普段、声の出づらさや過緊張からの、“肩”や“首”の凝りをとても感じていたので、その辺りを重点的に。

マッサージのかたが、私の首回りを触るや否や、『緊張されていますね~。』と。


ハッとさせられました!


すぐに、わたしの一番の弱点を当てられたことに。


『呼吸も浅いですね。』と言われました。

そこは、“そうなんだ~。”と思わされ。


とても上手なかたで、痛いところをじっくりと観察しながら、攻めて、そしてほぐして流す。


最初は確かに、無駄に緊張しながら、施術してもらっていたのですが、40分後には、とてもスッキリした気分と身体でいる自分がいました。


こういうところ、通ってみてもいいのかなって。

むしろ、通いたいなって。



普段の緊張が、精神的な面からだけでなく、マッサージなどでも、じわりじわりと、ほぐれていくといいですね(^-^)

2017年2月21日火曜日

“受け入れる”こと。





こんばんは。


最近、本を読んでいます。

『パニック障害』の本は、同じ職場のかたが貸してくださった本。

対処法やアドバイス、症状、体験談など、分かりやすく書いてあり、「なるほど。」と思ったり、共感することがとても多い。

『嫌われる勇気』は、この間、父からもらったもの。

父もこの本を読んだみたいで、読みやすいのと、感じるものも多くあったみたいで、私にもおすすめしてくれました。

確か、小林麻耶さんが、この本にとても影響を受け、『何十回も読み返した!』というのを、以前、テレビの番組で見たことがあり、少し気になっていました。

今は、香里奈さん主演で、ドラマでも放送されていますね(^^)

主題歌をやっている大塚愛ちゃんが好きなので、ドラマは初回から毎回、観ているのと、本は1/4くらいのところまで、読みました。

なんだか、「影響を受ける」と言われていること、確かに分かる気がします。


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タイトルに付けた、“受け入れる”こと。


最近、この言葉に出会うことが多い、かな。


本にも出てきたり、この前出演したライブで、同じ症状をもったかたとお話させてもらう機会もあって、そのときもその言葉が出てきて。



何かの“暗示”な気もします。


ここ最近、何かの言葉に引っ掛かる、だとか、誰かによく遭遇する、だとか、何ていうのでしたっけ、“シンクロ”?


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自分のネガティブな部分、起こっている障害や病気、後悔や嘆くよりも、“受け入れ”て、どう対処、展開させてゆくか、というところでしょうか。


心が、ひとつ大きく、育ってくれるよきタイミングが訪れてくれたのかも、しれません。


しっかりと迎えて越えて、成長させてゆきたいですね(*^^*)


せっかくの人生、少しでも明るく、楽しく過ごしてゆかないと。

2017年2月17日金曜日

カウンセリング三日目。~“安心”を知ること。

こんばんは。

本日はカウンセリング三日目。


今日はまず、前回のカウンセリングから一ヶ月経ちましたが、その間にパニック障害にあわなかったことをお伝えし。

そして、『なぜ、話す言葉を選んでしまうのか。』、『なぜ、大きな音や乱暴な言葉などが苦手なのか。』の“なぜ”の部分に、少し焦点を当てて考えてみるカウンセリングでした。


それと、『自分が“安心”出来る場所は、どこなのか。』


“なぜ”の部分は、恐らく、自分が育ってきたなかで、無意識に塞いでしまったトコロにあるのでしょう。


『“安心”出来る場所』というのは、《一人》でいるとき以外は私にとってはほぼ皆無で、日常的に周りに怯えて、何かにとらわれながら息をして生きているので、そういう世界でも、“自分には何も悪いことは起こらない”と、認識させることが大切みたいです。


頭で理解して、認識をしていても、心が“そうではない。”と、遠く〔離れてしまっている〕のが、今の私の現状。


《頭》と《心》がおおきく、離れている。


徐々に慣れさせて、近づかせてゆかないと。


近づかせるというより、元からある定位置へと。もどす。



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私にとっての《なぜ》の部分に触れた今回のカウンセリングでしたが、カウンセラーの先生が、私に抱いているひとつ大きな《なぜ》が、あって。

声が出ない、人が苦手、人前が苦手、見られることがいや、な私が《なぜ》“音楽”をやっているか。



確かに、言われてみると、私にとっての“いや”要素満載のものに、あえて携わっている感じですよね(^^)笑


もちろん、上手くいかないことが多かったり、ステージでも怯えたり、心臓が飛び出しそうになりながらも懲りずにライブを続けている。



「音楽が好き!」

「プロになりたい!」


そう、強い想いがあるわけでもなく、いつしか音楽をやるようになり、いつしか音楽に楽しませてもらったり、救われる自分もいたり、いつしか音楽に自分を表現してみたり。


唯一、落ち込むだけ、負けるだけの場所でないのが、《音楽》だからなのでしょうか。


しっかりと闘って、何度も何度も向かってゆける場所。



そしてもうひとつ、きっとここも大切なのだろうなと思うのは、“わたしを認めてくれる人がいること”。




自分をしっかりと越える為、そして大きく励ましてくれる為に、神様が与えてくれた、“試練と支え”なのではないかと、今日、カウンセリングを終えてふと、考えました。



ツンとデレですね!







言い方があれですか(^^)笑


飴とムチのほうが、しっくりきますかね?

2017年2月2日木曜日

覚えること。動作すること。


こんばんは。

今日はお仕事での出来事を、久々に。

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ここ最近、作業をするうえでのルーティーンでやっていた役割が、変わりました。


普段、他のかたの動きを目にしていたので、自分でも出来るかと思いきや、いざ自分でやってみると、全く違う動きをしてしまいました。


「違う違う。ここはこうだよ。」と、丁寧にひとつひとつ教えてくれる仲間のかたがたには感謝で、けれど、『説明を受けること』が“苦手”なわたしは、説明を受けながら動きにおこすことが、あまりスムーズにいきません。

“ながら”作業が昔から、苦手なのです。
(最近、そのことに気が付きました。)

二つのことを、一度に同時に出来ない、というか。

二ついっぺんにやろうとすると、頭がパニックを起こす感覚があります。


なんだか、余裕がなくなって、いっぱいいっぱいになってしまうのですよね。。


お仕事でも、説明(言葉)を聞いて、頭でしっかり理解をする前に体で動いてしまうと、理解出来ていない分、動けなくて。


そんなわたしの行動に、イライラさせてしまっていないか、呆れられてしまっていないか、相手の感情や表情を気にしてしまう。。


それに怯え、動きもうまくいかなく、結果、だめだめな感じになってしまいます。

そうして、落ち込む、のパターン。


落ち込んだら落ち込んだで、心のなかだけで収めればよいものの、いかにも“落ちています”という空気を放ってしまう。

本当に気分が落ち込んでしまっているのと、あとはもしかしたら、心配をしてもらいたいのかなって。

そんな考えのよぎりも。


けれど、それは単なるわたしのわがままだと気づいたときには、そのような考えを抱いたり、そういう空気を出してしまう自分に憤りが出てきて。



仕事に集中、作業に集中。

自分は意思のない空っぽの、ただ動くだけの“人形”だって。


そうでも思わないと、あまりの《不安定》な心の状態で、自分がどういたらいいのか分からなくなってしまいます。


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“ながら”が出来ないのと、あともう一つ。

《記憶力》がないなと、ここ最近、強く思いました。


せっかく説明をしてもらっているのに、頭で理解するまで時間がかかってしまうのと、完全に説明を理解して自分のものにしないと、行動に自信がもてないのと、何度も繰り返さないとその作業を覚えられない。


このあたりは、パニック障害ではなく、アスペルガー症候群のほうに、近いのでしょうか?


向きや位置などが、覚えていたことと少しでも違ってくるとなると、頭のなかでパニックを起こし、全く分からない状態になってしまうのです。。


厄介ですね。


この“厄介”が、わたしと関わるかたにも思われてしまうのだということの、申し訳なさと恐怖感。


***

写真の鬼は、今日から2月ということで、‘節分’の鬼。


スーパーで豆まき用のお豆を買ったところ、お面もお持ち帰りようで置いてあったので、もらって帰ってきました!

今日の朝、お仕事場の倉庫に飾ってみたりして笑

季節ものだし、いいかな?と思ったのですが、それを見たお仲間さんがたに、「いやいやいや(^^)」と、笑われてしまって。

それが、面白半分で笑っていたのか、本気の意味での「いやいやいや」だったのか、瞬時に後者の意味で捉えてしまったわたしは、すぐに落ち込んでしまいました。
(あまり、表には落ち込んでいる表情を出さなかったけれど。)



よいかな、喜んだり楽しんでもらえるかなと思ったけれど、そうではなかったのかな。



難しいな。



だから、人に対して行動をおこすことに、臆病になり、億劫になり、次第に止めていったのでしょう。。



自分が、“考え過ぎ”なだけなことも、あるのだろうけれど。


、、難しいな。。

2017年2月1日水曜日

ボイトレにて♪



こんばんは。

今日はボイトレでした。

お久しぶりに〈発声練習〉をしました。


息を吐くのは申し分ないとのことでしたが、ハミングや声を発するとなるとやはり、詰まりやヨレが。

スタッカートの瞬時のみの声だしでは上手に声が出てきても、その音を伸ばすとなると、すぐにダメな音に。


《過緊張性発声障害》の影響が、もろに出ているかなと思います。

声を出すことに対しての〈恐怖心〉のようなものと、〈拒絶感〉がいつの間にか、無意識に頭のなかに根付いているのかな、と。


「こうやって音を出したい」、「ここに声を乗せたい」と頭ではわかっているのに、そう出来ない、そう、させてもらえないと言ったほうが正しいくらい、身体が勝手に反応をして、声を出そうとすると、喉を締め付けてしまいます。



分かっているのに“出来ない”、ということが、悔しいですね。

「頑張って」、どうにも出来ないこと。



一体どうすれば、なおるのか、、


***


それでも、ピアノでの弾き語りを先生に聴いてもらったとき、よい反応をいただけたことが嬉しかったので、大きくヨシです(^^)v


大きな鏡の前、見られながらの演奏、頑張りました!



ピアノのタッチ感、音の聴こえかた、広がりかた、声の聴こえたかた、マイクの位置、部屋の照明の暗さ、自分にとっての割りと“ベスト”な状態が、結構よかったのかもしれません。

どこかひとつでも「やりにくいな。」と感じてしまったら、それは私にとってもう大きな“マイナス”の出来事&要素となってしまうので。


常に、ベストがいい。


そのような状態、なかなかあり得ないけれど。難しいけれど。





音楽をやっていると、音楽だけでなく、自身と真正面から向き合っている感じがします。


常に闘っている。


長い間、こてんぱんにやられてきたのだから、そろそろ反撃、してみたいな。


なんて(^^)♪


自身(自信)の種、開かせられるよう、頑張ります。

2017年1月20日金曜日

カウンセリング二日目&“ナイショ話”路線。

こんにちは。

昨日は、二回目の心療内科でのカウンセリング日でした。

まず、カウンセリングの前に診察。

声が変わらずあまり出ないことに関して、「“ナイショ話”路線でいってみましょう(^^)」と。


“声を発さなくてはならない”と、頑張って言葉を発している可能性があるので、「自分の伝わってもらいたい人に"だけ"、伝わればいい。」というスタンスでの、声の音量でよい、と。


なるほど、と思ってしまいました。

「コソコソ話を話すように、喋ってみる。」


これから声を小さく発してみるコト、意識してみます!


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カウンセリングでは。


まず、お正月明けの通勤電車にて、パニックになったことを担当カウンセラーさんに、お話しました。

“不安要素”がパニックを引き起こしてしまうので、不安を取り除くこと。


“不安”と“安心”は必ず対になっているので、“安心”できる自分の感覚を覚えていくことが大切。


『パニック以上にはならない!』という考えをしっかり持たせることが大事だそうです。

パニックになる前~パニック自体がとても厳しいものなので、その先の安心感のことを考える余裕はほとんどないのですが、何とか安心感、自分の心に植えつけたいですね。


「人に迷惑をかけてしまうことに対しての“恐怖”が一番、大きいのかもしれないですね。」と、カウンセラーさんがおっしゃっていました。

「もっと自分の《好き》なところを見つけて、自分を好きになる、そして、自分を信頼してみて下さい。」


**
「人に触れられたくない→満員電車、圧迫感を感じパニックになってしまう、のかもしれない。」と言ってみたところ、


《対》なので、カウンセラーのかたに「人に触れられたいのでしょうね。」とすぐに言葉を返してもらったとき、思わず涙がこぼれました。

あまりに急に込み上げてきたので自分でもびっくりですが、そういうこと、なのでしょうね。



記憶のない昔の幼き自分ではありますが、その自分を“今の自分”がきっと、一番に大きく包んであげられる。

そこは確実に、自信がある。



大丈夫、過去からの嘆きがぽろぽろっと訪れてきているけれど、しっかり私、成長しているよ。


そう考えると、今後の自分も、楽しみなのかもしれません。