こんばんは。
今日はボイスクリニックでのリハビリ日でした。
前回課せられたリハビリメニューは、『話をするときに、話をしやすいように工夫をしないこと。』でした。
お仕事でも、プライベートでも話をすることが多かった今月。
喉の痛み、声を出すことの息苦しさが多く出てきてしまったので、あまりリハビリメニューを意識した行動は出来ませんでした。
そのことを、担当の言語聴覚士さんにお伝えし。
話しやすいように工夫をしても、それで喉の痛みや息苦しさからは逃れられていないので、その工夫は無駄になってしまう。
それなら、声を出す→「声が出なかった!」と気づき→頑張って(言葉を言い換えたり、間を空けたりせずに)同じことを話そう、の《努力》を即座にしましょう、と。
それが、今日課せられたリハビリメニュー。
言語聴覚士さんのお話を聞いていて、あまり腑に落ちないと思うことがあって、返答をするタイミングも段々追いつかなくなり、なんだかもやもやしてきて、このままで治るのか、私のこともうちょっと分かってもらえたら、、なんて思って、最初ちょっと気分下がり気味でした。
リハビリ通うの、やめてみようかな、とも。
けれど、話が変わって少し笑顔などもこぼれると、まだ頑張ってみようかな、と。
親しい人こそ声の出は最悪で、けれど、だからと言って話しやすいように工夫はしていない。
お仕事場やお友だちのときは、苦しさはあるけれど、全部が全部、悪い声ではない。
けれど、どう相手に聞こえてしまっているか気にしてしまって、話しやすいように工夫をしてしまう。
この二つの観点から、先生から、「もしかしたら、機能性要因(例えば、声がもとから弱いだとか)と心因性要因(ストレスやトラウマなど)以外にもうひとつ、何か原因はあるのかもしれないね。」と。
そうなのでしょうか。
何なのだろう、、
昨日、お友だちとご飯していて、“自分が色々気にしてしまう原因やルーツ”を辿ったりしていて、今日もリハビリで、“なぜ、言いたいことや希望を言えなくなってしまった(←これ、わたしのこと。)のだろう?”と問いかけられて、まったく同じことのお話だと思いました。
色々と、自分を生み出しているものや、原因を探る、考えることが何かの“気づき”となりそうです。
その“気づき”から、どうしてゆくべきか。
そこから大きく、開いてくれるものがあるといいな。
わたしのことを心配してくれたり、これはどうでしょうと色々アドバイスや知識を教えてくださるかた、そして励ましてくれるかたや治るのを急かさず待っていてくれる音楽活動でのファンのかたがまわりにいてくれること、とても幸せなことですね。
そのかたたちのためにも、早く声が復活しますように。
声が生き生きと、生き返ってくれますように。
P.S.今日のクリニックは、『研修』ということで、沖縄から学生さんがお二人、リハビリ室に一緒にいてリハビリの様子を見ていました(^^)
どういう思いで、《言語聴覚士》さんを目指すのでしょう。
ただ、声や喉と向き合うだけでなく、患者さんの〔心〕と向き合うのが重要な職業だと思います。
カウンセリング。
喉の筋肉をほぐすように、心の緊張をほぐすのも上手な、言語聴覚士さんになってもらえるといいですね(^^)
ファイトだ、学生さん♪
りとるさん
返信削除声を出す際、痛かったり、つらいのはさぞ大変だと思います。
恐らく、長い時間をかけてこのような症状が徐々に形成されたものと思われますので、解消するのもそれなりの時間がかかるのではないでしょうか。
つらかったり、あせりもあるかとは思いますが、少し時間をかけてゆっくりと症状と向きあってみては、などと思います。
見えないところ、気づかないところで少しづつ良くなっているかもしれません。
りとるさんの痛み、つらさが少しでも軽くなることを祈っています。
JK1KOZさん
削除おはようございます。
コメントどうもありがとうございます。
そうかもしれないです。
ひとつの原因だけでなく、積み重なったあらゆるものがこうして声の不調として出てきているのだと思います。
時間をかけてゆっくり回復していって、同時に心も大きくゆとりがあるようになっているといいですね(^^)
JK1KOZさんのおっしゃってくださっているように、少しずつ良くなっているかもしれないですよね!
声が出なくなった原因が、徐々に重なっていったように。
優しさと、いつもコメントをどうもありがとうございます(*^^*)