こんばんは。
北海道最終日の今日、外は少し雨模様。
ようやく“北海道”と感じられるような涼しさを肌に感じ、シンとしたその空気のなぞりが、とても心地よい。
外にお出かけ、お花たちを見た。
生きる姿、
流れる姿、
枯れの交じる姿、
下を向く姿、
沈む姿、
どんな姿もなんだか、素晴らしく美しいなと思った。
どの姿であれ、見てくれる人がいれば、それで良いのではないか。
過去に育った環境も、今抱く悩みも、これから過ごしたい未来も、どれも私ならではだ。
迎えられる全てを、肌に感じパッティングするように、心に吸収し深呼吸をしながら、私の道を、歩く姿を見ながら、進んでゆきたいな。





りとるさん
返信削除お久しぶりです。
北海道は、一足早く初秋の空気が感じられたようですね。
「見たものそのまま」、「あるがまま」、大切なことだと思います。
ところで、前回のコメントで書き込んだ、「数息観」は「すそくかん」と読みます。
呼吸の仕方は、前回書き込んだ方法でもよいのですが、もう一つ行われている方法も参考までに記します。
息をゆったりと吸い込んで「ひとー」と、数え、息をゆったりと、長く吐いて「つー」と、数えます。同様に吸い込んで「ふたー」と数え、吐き出して「つー」と数え、「とおー」「っー」まで数えまた「ひとつ」に戻り、これを繰り返します。
前回紹介した数え方でも、今回紹介した数え方でもやりやすい方をやってみて下さい。
ポイントは、息に集中することです。息が出入りする鼻の先端に意識を向けるのも有効です。
そしてゆったりと、無理なく静かに息をしてみて下さい。
息を見つめる。それだけで、だんだん心が静かになっていくことが感じられるようになってきます。
私達は、常に外界からの刺激を、五感を通して受けていて、心はその刺激に常に反応して休む間もありません。そして、その様々な刺激に疲れ、倦み、心はおびえて萎縮してしまいます。
この無制限にインプットされつづけ、心をむやみに刺激しつづける外界からの情報を、息に「意識を集中すること」(サンスクリット語でサティ)によって、一旦遮断し、心と身体を見つめ直すのが、「数息観」「アーナーパーナ・サティ」(アーナ:入息、パーナ:出息、サティ:意識する)と考えればいいかと思います。
また、長文となってしまいが、参考になさって下さい。
JK1KOZさん
削除こんにちは。
コメントどうもありがとうございます♪
お返事遅くなってしまい、申し訳ありません。
はい、北海道は帰りの頃は涼しさも混じった空気で、とても気持ちがよかったです。
「数息観」、すそくかんと読むのですね。
早速試してみましたよ(^^)
無理に意識をせずとも、息を吸うこと息をはくこと、呼吸に集中出来るようでした。
今度これが、例えば具合の悪くなるとき、気が落ち着かないときに出来るか、思い出して試してみたいと思います。
心のおびえるもの、少しずつでも緩和されてゆくといいですね*