2016年10月25日火曜日

リハビリ日5日目。

こんばんは。

約2ヶ月ぶりのボイスクリニック、今日はリハビリ日でした。

2ヶ月の間で、《いっとき声が出やすくなった→この間の満員電車での出来事でまた声が不調になった》、ことをお伝えしました。

話をしていて、担当の言語聴覚士さんが「声のことも、パニックのようなものと関係しているのかもしれないね。」という話になり、ボイスクリニックが提携している“心療内科”のある病院を紹介していただくことになりました。

私も、そのほうが良いのだろうな、と。


不調になる頻度が増えてきてしまったこと、具合が悪くなったり、過呼吸の度合いが大きくなってしまったこと、自分の意思で、自分の身体をコントロールさせるのが難しくなってきたこと。


早く診察を受けて、症状の病名が分かるといいです。


来月には、“心療内科”、行けるかなと思います。


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P.S.帰り道、電車の乗り換えの途中に、お友だちがアルバイトをしている飲食店を通ることに。

「いるといいな。」と思い、お店の前を通ってみると、働いていました(^-^)


名前を呼んで声をかけて、二言三言お話をしました。


なんだかそれだけですが、お友だちと久しぶりに会えたことが嬉しかったので(*^^*)


それでは。

2 件のコメント:

  1. りとるさんへ

    心療内科を紹介していただいたのこと、これで何か進展があるといいですね。

    前回にも述べましたが、りとるさんの感情、性格は世間の常識などによって善とか悪、あるいは正常、異常と決めつけられるものではなく、大切な一つの個性として尊重されるべきものであると考えます。

    極端な例ですが、ロシア出身の数学者グレゴリー・ペレルマンは、1世紀以上解かれることのなかった「ポアンカレ予想」という数学上の大難問を2002年に解き、数学界のノーベル賞ともいわれるフィールズ賞を授与されますが、受賞を辞退しています。彼は趣味はキノコ狩りで人づきあいを嫌い、人前にほとんど姿を見せないことでも有名です。現在は、マスコミを避けスウェーデンでひっそりと暮らしているといいます。

    彼のような性格は、世間から見れば反社会的なものになるでしょう。しかし、彼からその個性を奪ってしまったならば、あの豊かな数学的才能が開花したかは疑問です。

    アスペルガー症候群とか、発達障害という一種の病のようなネーミングは集団生活を標準とすれば、そこからはみ出てしまう心理的傾向や、性格をノーマルではないとしただけで、それほど気にすることはないと思います。逆にそのような多様性を受け入れることのできない均一で能率一辺倒の社会はどこか欠けているような気がします。

    ただ、食べていくためにはこの均一な社会と折り合いをつけなければならないので、この個性あるいは性格を修正していかなければならないのが難しい所です。しかし、社会に適応しようとするあまり、精神と肉体がダメージを受けたり、自分を否定するようであればこれも問題ですので、専門家のアドバイスを受けながら治療する必要があると思います。

    ちなみに、モーツァルトやエジソン、アインシュタインもアスペルガー症候群ではなかったかと言われています。また、ノーベル賞を受賞したリチャード・ファイマンは次のように述べています。
    「きみは、こうあるべきだと他人が考えているきみの姿に合わせて生きる義務などない。世の中の期待通りに生きる必要などないのだ。間違っているのはそんな期待する彼らのほうであり、きみではない」

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    1. JK1KOZさん

      こんばんは、お返事大変遅くなりごめんなさい。

      そして、再び嬉しいお言葉を、、

      一つの「個性」として見ていただけること。
      自分では、否定してしまいがちですが、こうして欠点でなく、「個性」と見ていただけること、とても励まされます。

      たくさん例を挙げていただいた天才と称される方々も、どこか人と繋がることを恐れていたのですね。

      個性を奪われては、生まれることのなかったかもしれない歴史的であり、偉大な物事の数々。
      そのなかで、社会のなかにいられるためへの性格や個性の「修正」、この「修正」という言葉がしっくりくるのと、悲しくも思えてしまう感覚があります。


      最後のお言葉も、ありがとうございます(^^)

      “自分”を壊して期待にこたえるか、“自分”であるために、期待感を壊してゆくか。


      少し、自分が壊れ始めている今であるからこそ、しっかり修復してゆきたいと思います。

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