2016年11月7日月曜日

最近あった物事たち。

こんばんは。

最近、声のことに関してあったことを。ずらずらと。



*お仕事中、地上にいる私。そして、屋上にいる仲間のかたに、大きな声を出して合図をする場面。
6階くらいの高さの建物。

何度も大きな声を発さなくてはならない状況でしたが、頑張って声を出しました。

私が声を発さないと、仕事は進まない。
6階分くらいの距離を、聞こえるように、叫ぶに近い大きな声。
何度も何度も。


普段であれば、とてもではないけれど、めげてしまいそうな、この状況。
けれど、屋上に向かって顔を上げていたということもあってか、そんなに声は詰まらなかったような、気がしました。

角度にも、問題があるのでしょうか?



*お久しぶりに、ライブに出演してきました。約4ヶ月ぶり。

以前から何度か共演している子に、ライブの当日楽屋内で会ったときに、リハーサルでやっていた曲の感想をお伝えしたら、『いつも人当たりのいい言葉言ってもらえて、嬉しい!私はそういうこと言えない~!』、と。


思ったままの感想をお伝えしただけ、ではあるのですが、そこには、“伝えたい”だけの行為でなく、《挨拶》込みの話し掛ける目的であったり、初めての方には繋がりやすい《きっかけ》であったり、無言で楽屋にいるのもなんだか心がそわそわ、落ち着かないということもあり、《言葉を発しなくては!》と、いった理由で発せられた言葉でも、時にはあったり。
言葉の内容に、嘘はないけれど。


色んな理由も交じって、発せられることもある私の言葉に、素直に喜んでくれる人がいてくれること。

そのことを知ったとき、なんだかホワッと、とても嬉しく、思ってしまいました。


*そんなライブの演奏中、ライブならではの空気感であったり、緊張感、思い出しました。


演奏していて、“私の曲や演奏、どう思われているのだろう。”、“あ、今間違えてしまった、どう思われてしまったかな。”、“みんなが見ている。見られている。間違えそう。でも、止まってはいけない。怖い。怖い。。”

なんだか、今まで以上に、演奏しながら、心のなかで考える“意識”が増えてしまったなと、思いました。


やっぱりここ最近、“恐怖観念”が過剰に増えて、しまっているのでしょうね。



*母とのお出かけ。
ガラガラ声。

誰よりも、家族や身近な人と接するときに、一番に声が出なくなってしまう。

歌声に関しては、《出しやすい声》がわかってきたり、どういう状況で具合が悪くなったり、どんな場面が私には精神的に苦手なのかと、《理解》することはとても増えたけれど、ここに関しては‘唯一’、意識をしていても、ちっとも変わらないな。、

とても、悲しいなあ。。


*コンビニで、チケット引き換えのための店頭にて。

「インターネット決済お願いします。」と、高校生くらいの女の子の店員さんに、番号をお伝えする私。

二件、決済があったのと、店員さんとのやり取りの間で手違いがあり、何度か11桁程の数字を読むことに。


相変わらずの、ガラガラの聞き取りにくい声であったと思います。
けれど、その店員さんは、特に聞き取りづらそうにもしていませんでした。

ガラガラの声でも、どれも一回で聞き取ってくれていました。


そのことが私は、とても嬉しく。


人によって、聞き取りにくい声でも、スムーズに聞き取ってくれる人がいます。

ガラガラの声のことを、突っ込んでは悪いと思ってもらえているのか、はたまた最初から、気にしていないのか。

気を遣わせて、頑張って耳を集中して傾かせてしまうのは、とても悪いなと思ってしまいますが、そういうのは無しに、普通にスムーズに聞き取ってもらえる人がいること、それは声の障害をもった今の私にとって、とても幸せ。

あまり、そういう人に出会うことはないのだけれど。


きっと、私が“心許せる人”と思ってしまう確率と、同じなのかなと、思います。


フィーリングの問題。



*会話をしていて、私が話をしている場面。
もとから、物事や出来事の説明をすることはとても苦手。前もって話す順序や、内容を考えていないと、いきなり話し始めてしまうと、今、自分が何を話しているのか、分からなくなってしまう。

なので、話したいと思った内容を、相手の人に、その場の勢いで話始めてしまったこの間は、案の定、相手の人に伝わりにくい感じに。

「よく分からない。」と言われてしまい、もう一度、同じ内容を話そうと思うのですが、「よく分からない。」と言われてしまった瞬間、“やっぱり伝わらなかったか。。”と、瞬時に気持ちが落ちてしまうのと、『よく分からない』『意味が分からない』、そういった言葉って、なぜか自分を“否定”されてしまったように思えてしまい、それで一気に気分も落ちてしまう。

『意味分からない。』、その言葉はなぜかトラウマがあるみたいで、すごく苦手な言葉。
言われたくない言葉。
言われてしまい当然なのでしょうが、深く傷付いてしまいます。

分かっているからこそ、なのでしょうね。



話を戻しますと、「よく分からない。もう一回言って?」と、言われてしまった瞬間、頭のなか空っぽになっていました。
思考回路が途絶えた、と言いますか。

呼吸もハッと止まってしまい。
まばたきすらも、忘れてしまうくらい。

あの感覚は、何なのでしょう。


「よく分からない」と言われてしまったことに対してのショックと、伝わりづらかった内容を再び、今度は、“わかりやすく”伝えなければという、怯え?に近いものなのでしょうか?



しばらく声と言葉が、出てきませんでした。

頭のなかの真空の状態だけが、続いていました。


***



自分で起こす行動なはずなのに、トラウマや怯えや緊張感によって、自分の予期せぬ状況に陥ったり、今までになかった悪い変化へと、向かっていっていることが多いここ最近。


このまま、悪い変化が頻度が増えたり、事態が大きくならないことを、切に願います。


自分が自分でいられなくなってしまうことに、恐怖となりませんように。


自分が、空っぽとなって、しまいませんように。



***


そのためには、良きもの癒されるもの、少し無理にでも、たくさん吸収させてあげないとね。


無を願いがちですが、プラスを意識してゆきましょう。


とても文章、長くなりました。

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