2016年7月4日月曜日

合わせるときに。

こんばんは。

私の住んでいる地域は、雷がゴロゴロと鳴っています。

夏日の陽気が続いた近頃、明日は少し涼しくなりそうで、嬉しいです。

そんな兆しを、ベランダの窓から漂う風が、既に運んできているような気がします。


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昨日今日と思ったこと。


昨日はアーティストのライブで、今日はお仕事場で。


“一緒に歌ってー!♪”の呼びかけに、

全然声が出ず、一緒に歌えない悔しさ悲しさ。


“ご唱和下さい。なるべく大きな声でお願いします。”と先に読まれる文章を、

同じように大きな声を出そうとも、普通の音量すら出てこずに、ただ、息が詰まって苦しくなるどうしようもなさよ。



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今まで苦労せずとも普通に出来ていたことが、出来なくなっていることを気付かされるとき、「ああ私は、障害を持っているのだな…」と、感じますね。

2016年6月30日木曜日

知ってもらうようになって。









こんばんは。


このブログを始めて2ヵ月が、過ぎました。

普通の日記であれば、書き記して二ヶ月経ったということですが、このblogで二ヶ月経ったということは、声の障害も同じように続いているということ。

変わらずに、続いています。


その声のことを、一昨日、わたしのことを知ってくれているかたたちに向けて、ここのブログ以外の場所で発信をしてみました。


そんなことをして、


障害のことを知ってもらえるのは嬉しいことだけれど、私が思ってきたことを知って、反対に誰かを傷つけてしまったり、これから私と接することを迷わせたり、悩ませてしまったりすることがないといいなぁと、思います。



上に貼ってある写真は、昨日今日と、山梨県の《河口湖》へ旅行してきた際の写真。

咲いているお花たちや自然が、とても綺麗でした。


声のことから心離れて、夢中に嬉しく、写真を撮っていました。


皆さんにも、(写真になってしまいますが、)お裾分け。



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そして、

昨日は一日曇りぞらでいっときも見えずだったのですが、今日も雲がかかっていながらも、帰る間際になって現れてくれたのが、念願の富士山の姿。

「今日はお願い!」と秘かに願っていたのですが、ひょこっと本当に、河口湖駅に着いたときにだけ奇跡的に現れて下さった、富士さんに感謝!*


どうもありがとうv♪

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“心の声は、届くものなのでしょうか”


(^-^)

2016年6月27日月曜日

大切な扉。

こんばんは。

今日は、久しぶりに喉の筋肉があまり固まらず、だいぶ首まわりが楽でした。

声もその分、とても出しやすかったです。

喉が不調になってから、「喉が楽だ!」と思えたのは、今回で二回目。


なぜ楽なのか、理由は分からないけれど、気持ちとしては本当に楽で、苦しみから解放されている感覚が、何より大きいかな。


職場の人と言葉を交わすことも、嬉しかったです。

今日いちにちが、もっと声を出す機会があれば良かったなぁなんて。


明日はまた、どうなっているか分からないけれど。


毎日、外に出たり人と接したりすると、一言でもたくさんのお喋りでも、声を出す機会は必ずついてきて、喉のことで苦しさや気分もコントロールされてしまっているここずっと。
“声が出る”、それは当たり前のことだけれど、それが出来ることが、とても嬉しい。


当たり前のことが、本当に嬉しい。



泣きたくなるくらいに、喜ばしい出来事なのだなと。

まるで、赤ちゃんが初めて寝返りをうったときみたいに、まるで、初めて立ち上がったときみたいに。



人間が起こすことの出来る動作が、もはや当たり前でなく、その人自身が得て出来たことなのだと、思い知らされます。


一度閉ざしてしまった扉は、なかなか簡単には開かなそうですが、その分思うこと、気づかされることが多いので、私にとっての《大切な鍵》を人生のなかで渡されたのだと思い、キュッと離さず握りしめて、時間はかかっても、この鍵で開けられたらいいなと思います。


私だけの扉、私だからこその経験。

2016年6月23日木曜日

音楽のことはしっかりと。

こんばんは。

今日は先程まで、ボイストレーニングの学校にて、レコーディング作業進めておりました。


自分の作る曲のことになると、『ここはこうしたい』、『これよりはこっちのほうがいい』、妥協せずはっきりと、一緒に作ってくださる方(ここでは、ボイトレの先生。)に自分の思っていること、意見、希望をお伝えします。


声がかすかすであろうが、段々と声を出すことが苦しくなってこようが。

(先生は、声の障害のこと知っています。)


そうして作り上げる、納得のいく作品が、わたしはとても好きなのです(^^)

まもる。

朝、喉の痛みと苦しさと闘いながら出勤。

歩いていて、警察署の横を通った。


自分の命を“護”ってくれるのは警察かもしれないけれど、


自分の生きている命をしっかり“守る”のは、やはり自分なんだろうなと思いました。


しっかり、守っていかないと、、

毎日毎日。

朝電車に乗るたび、喉の筋肉が緊張状態で、首をしめられているような感覚が本当にただ、苦しい。

息も吸えなくなってくるし、緊張状態から具合悪くならないように気を落ち着かせようと、緊張状態から気を紛らわそうと、必死。


なかなか辛いですねぇ。。


どうにかなってもらわないと、日々、もたなくなってきそうです。

2016年6月20日月曜日

偏頭痛からの、思ったこと。

こんばんは。

喉のこととは全く関係ない話になってしまいますが、今日は午後から強い偏頭痛に悩まされました。

お仕事をしていたのですが。


よく、雨が降りそうなときなど気圧の変化で痛くなりがちです。

今日はきっと、暑さと湿度の高さも原因にあったのでしょう。

何とかお仕事中は頭の痛さだけで乗りきったのですが、お仕事終わって会社に着いたらアウトでした。

やっと終わったという気のゆるみか、頭の痛さがズキズキと倍増、そして吐き気も出てきて、制服から私服へ着替えをするため更衣室向かい、完全に動けなくなり横になりました。

それでも吐き気は増してゆき、久しぶりに戻してしまいました。
(すみません、あまりいい表現でなく。。)


体調のあまりの悪さと、何とも言えぬ原因不明の悲しみに襲われ、過呼吸にもなりました。

『つらいつらい、助けてー。』って、言っても誰にも聞こえないだろう叫びを放ちました。


なぜか、涙も流れてきました。

どうにも動けないので、痛み止めの薬を飲み、更衣室の畳の上で再び横になり、、


1時間くらい、痛みと体調の悪さとの闘いでした。


頭の後ろのほうまで、ぎゅーーっと痛みが弓矢の矢を引く動作のように引かれている感じで、辛かったです。


それと、喉の筋肉が固まる感じで、首の後ろの筋肉もツっているような感覚でピーンと痛かったです。



何とか、飲んだ痛み止めの薬も効いてきて、落ち着いてきたところで、頑張って帰ることにしました。

前にも記事にしていましたが、体調悪いときの電車はわたしにとっての恐怖で、扉が閉まったら次の到着するまで出られない、その間に具合悪くなったらどうしようなどの考えを抱いてしまうからか、更に緊張してしまい、具合の悪さにスポットが当たり、ますます具合が悪くなってゆきます。

そうならないためにも、具合悪くないんだと、逆に思い込んだり、無理矢理別のことや周囲に目を向けたりして、具合の悪さから意識を離そうと心がけます。

高確率で、具合悪くなってしまうのですが。


そんな感じの電車なので、今日も頑張って帰ってきました。


見事、無事に帰ってこられた自分に拍手を送りたいくらい。

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家に「ただいま。」と普通に帰ってくること。


それって、当たり前のようで、結構大変なことでもあるのだなと、体調を悪くしたときは強く実感する、今日でありました。


今も何となく、頭が痛いので、やることまだあるのですが、自分のためを思って今日は、そろそろ寝ましょうか。

お休みなさい。