2017年5月30日火曜日

首のコリ。

おはようございます。

最近、マッサージ屋さんに行くのにはまっております。

肩、首のこりが激しくて。

マッサージしていただいて、やはり、“首”はかなりの「重症」のよう。

ゴリゴリした固まりが溜まっているのと、全く指が入っていかない様子。


ふと、声の出が悪いのも、ひょっとしたらこういうところと繋がっていたりもするのかな、と思ったりもします。


いや、どちらかなのか。

緊張して、普段から自分の身を守るように、ガードが固くなってしまい、筋肉も強ばってしまったのか。


それとも、


凝りが酷いが為に、声が出づらくなっているのか。


いずれにせよ、「重症」と言われてしまったからには、声の出が精神的なものからきているとしても、コリは治してゆきたいものですね。



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今までは、《指圧》で押してもらうのみのコースを施して頂いていたのですが、昨日は初めて、《アロマトリートメント》にしてもらいました。


すごーく癒される時間でした(^-^)



コリもほぐしてもらい。


今度また、アロマでお願いしてもらおうかな?

2017年5月9日火曜日

ようやく。

こんばんは。

本日はレコーディング。

何度かテイクを重ねてきた歌。

今日だけでなく、何日かかけて、録ってきた歌。

ようやく、今日、いいものが録れました(^_^)v


いいテイクを求めて、何度も歌い直してゆくたびに、迷路から抜け出せられなくなってしまったように、全然歌えなくなってしまったり、喉がしまっていってしまったり。

集中力も次第になくなり、体力も弱まり。。

とにかく、自分の精神との闘いと、声と喉との向きあいでした。


先月、ピアノサポート入ってもらうライブをして、自分は歌うことにしっかり集中出来るということが一つ、大事なきっかけでもあったのかなぁと、思います。


どう、声を出すか。

苦しくならない声を、どう出せば良いのか。


それと、今回のレコーディング。


声のボリューム、息の出す割合。

今まで、どれだけ気張って声を発していたのか、大きく実感させられるくらい、無理して声を出していたことに、気付かされました。


それはきっと、普段の話し声も同じこと。


話すほうはまだまだ、要領が掴めず、変わらずに苦しく詰まってしまいますが、歌のほうは、ようやく自分に合う声の出しかたが、分かったかなという感じです。


嬉しい。

ようやく、嬉しい。


これからこの声と、自分の音楽を通してどう、付き合ってゆくのか、ゆけるのか、非常に楽しみ。


声が上手に出せなくなったから尚更、声のありかたと常に向き合って、自分の心のバランスを知ることが出来る。


まだまだ、大事に大事に、自分の心をケアしていってあげたいです。

声も、時間がかかってもいいから、また前みたいにスムーズに出てくることが、ありますように。


それがたとえ、一瞬でもいいから、明るく楽しく、声出してみたいなぁ。。

2017年4月6日木曜日

変わらずに。


こんばんは。

御無沙汰ぶりの投稿ですね。

パニック障害のほうは、近頃、女性専用車両に乗って通勤しているので、お陰でここ二ヶ月程起こっていないかな?

けれど、まだまだ、男性もいる満員の電車には、乗られる自信は無く。


いつか挑戦してみないと、克服出来ないのでしょうか?


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話変わって、昨日は上野公園へ、夜桜を観に行きました。


お花見客でいっぱいの上野公園。


最初は普通に、『桜たくさん咲いているなぁ~』と綺麗な桜の木を眺めていたのですが、徐々に“人が多い”というほうに、意識がいくようになり。


まわりの人の声が、敏感に聞こえるように感じてしまって。

そうなると、段々と落ち着かなくなり、自分の視線だとか、歩き方だとか、手の力の入り具合だとか、不自然になってしまいました。

脈の乱れ。



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また話は変わりますが、今日は、今月予定している自分のライブのリハーサルを、鍵盤サポートしてくださるかたと、行っていました。


声の調子は、以前から変わらず、全く良くなっていません(..)


ここ何日間かは、練習で歌っている=声を出しているということもあってか、より苦しいです。


一曲を歌う、一番、いやワンフレーズ歌うだけでも苦しいですね。


首を締め付けられながら、歌っている感覚です。


楽な出しかたを探しながら、声を出しているのですが、苦しい声しか出てこなくて、一瞬、楽な感覚を掴んだとしても、それは本当に一瞬の出来事で、新たな言葉を発しようとすると、すぐに駄目になってしまう。
キープが出来ない。



苦しいのはもはや、当たり前なので、今日はそのなかでも、誰かと一緒に合わせているという“楽しさ”を、感じながら時間を過ごすことが、出来たかな?


声が出ない、苦しいことに凹むことは、あまりなくなりました。

それが当たり前と、なってしまったから。


悲しいことなのですが。



いっこうに変化も見せず、良くならない自分の声、あとどのくらい、付き合っていかなければならないのかなぁ。

もう、ずっと、このままなのかなぁ。



私の昔の声、どこへいってしまったのだろう。


私は、どんな声をして、どんな話しかたをしていたのだっけ?



忘れてしまった、悲しいなぁ。


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上の写真は、今日、お家への帰り道に見つけたもの。


春ですね。

チューリップが好きです。


ほっこり出来るものたち、大切にしてゆきたいな。

2017年3月7日火曜日

指圧。

こんばんは。

この間、お仕事終わりに、指圧ルームへと行ってきました。

前々から、マッサージや整体など気になってはいたのですが、あまり機会がなく。


以前、岩盤浴がとても良かった場所があったのですが、同じところで、指圧やアロママッサージなどのコースもやっていたことを思い出し、たまたまこの間のお仕事現場が、そこの岩盤浴の駅だったので、思い立って行ってみました!


40分のマッサージコース。

普段、声の出づらさや過緊張からの、“肩”や“首”の凝りをとても感じていたので、その辺りを重点的に。

マッサージのかたが、私の首回りを触るや否や、『緊張されていますね~。』と。


ハッとさせられました!


すぐに、わたしの一番の弱点を当てられたことに。


『呼吸も浅いですね。』と言われました。

そこは、“そうなんだ~。”と思わされ。


とても上手なかたで、痛いところをじっくりと観察しながら、攻めて、そしてほぐして流す。


最初は確かに、無駄に緊張しながら、施術してもらっていたのですが、40分後には、とてもスッキリした気分と身体でいる自分がいました。


こういうところ、通ってみてもいいのかなって。

むしろ、通いたいなって。



普段の緊張が、精神的な面からだけでなく、マッサージなどでも、じわりじわりと、ほぐれていくといいですね(^-^)

2017年2月21日火曜日

“受け入れる”こと。





こんばんは。


最近、本を読んでいます。

『パニック障害』の本は、同じ職場のかたが貸してくださった本。

対処法やアドバイス、症状、体験談など、分かりやすく書いてあり、「なるほど。」と思ったり、共感することがとても多い。

『嫌われる勇気』は、この間、父からもらったもの。

父もこの本を読んだみたいで、読みやすいのと、感じるものも多くあったみたいで、私にもおすすめしてくれました。

確か、小林麻耶さんが、この本にとても影響を受け、『何十回も読み返した!』というのを、以前、テレビの番組で見たことがあり、少し気になっていました。

今は、香里奈さん主演で、ドラマでも放送されていますね(^^)

主題歌をやっている大塚愛ちゃんが好きなので、ドラマは初回から毎回、観ているのと、本は1/4くらいのところまで、読みました。

なんだか、「影響を受ける」と言われていること、確かに分かる気がします。


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タイトルに付けた、“受け入れる”こと。


最近、この言葉に出会うことが多い、かな。


本にも出てきたり、この前出演したライブで、同じ症状をもったかたとお話させてもらう機会もあって、そのときもその言葉が出てきて。



何かの“暗示”な気もします。


ここ最近、何かの言葉に引っ掛かる、だとか、誰かによく遭遇する、だとか、何ていうのでしたっけ、“シンクロ”?


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自分のネガティブな部分、起こっている障害や病気、後悔や嘆くよりも、“受け入れ”て、どう対処、展開させてゆくか、というところでしょうか。


心が、ひとつ大きく、育ってくれるよきタイミングが訪れてくれたのかも、しれません。


しっかりと迎えて越えて、成長させてゆきたいですね(*^^*)


せっかくの人生、少しでも明るく、楽しく過ごしてゆかないと。

2017年2月17日金曜日

カウンセリング三日目。~“安心”を知ること。

こんばんは。

本日はカウンセリング三日目。


今日はまず、前回のカウンセリングから一ヶ月経ちましたが、その間にパニック障害にあわなかったことをお伝えし。

そして、『なぜ、話す言葉を選んでしまうのか。』、『なぜ、大きな音や乱暴な言葉などが苦手なのか。』の“なぜ”の部分に、少し焦点を当てて考えてみるカウンセリングでした。


それと、『自分が“安心”出来る場所は、どこなのか。』


“なぜ”の部分は、恐らく、自分が育ってきたなかで、無意識に塞いでしまったトコロにあるのでしょう。


『“安心”出来る場所』というのは、《一人》でいるとき以外は私にとってはほぼ皆無で、日常的に周りに怯えて、何かにとらわれながら息をして生きているので、そういう世界でも、“自分には何も悪いことは起こらない”と、認識させることが大切みたいです。


頭で理解して、認識をしていても、心が“そうではない。”と、遠く〔離れてしまっている〕のが、今の私の現状。


《頭》と《心》がおおきく、離れている。


徐々に慣れさせて、近づかせてゆかないと。


近づかせるというより、元からある定位置へと。もどす。



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私にとっての《なぜ》の部分に触れた今回のカウンセリングでしたが、カウンセラーの先生が、私に抱いているひとつ大きな《なぜ》が、あって。

声が出ない、人が苦手、人前が苦手、見られることがいや、な私が《なぜ》“音楽”をやっているか。



確かに、言われてみると、私にとっての“いや”要素満載のものに、あえて携わっている感じですよね(^^)笑


もちろん、上手くいかないことが多かったり、ステージでも怯えたり、心臓が飛び出しそうになりながらも懲りずにライブを続けている。



「音楽が好き!」

「プロになりたい!」


そう、強い想いがあるわけでもなく、いつしか音楽をやるようになり、いつしか音楽に楽しませてもらったり、救われる自分もいたり、いつしか音楽に自分を表現してみたり。


唯一、落ち込むだけ、負けるだけの場所でないのが、《音楽》だからなのでしょうか。


しっかりと闘って、何度も何度も向かってゆける場所。



そしてもうひとつ、きっとここも大切なのだろうなと思うのは、“わたしを認めてくれる人がいること”。




自分をしっかりと越える為、そして大きく励ましてくれる為に、神様が与えてくれた、“試練と支え”なのではないかと、今日、カウンセリングを終えてふと、考えました。



ツンとデレですね!







言い方があれですか(^^)笑


飴とムチのほうが、しっくりきますかね?

2017年2月2日木曜日

覚えること。動作すること。


こんばんは。

今日はお仕事での出来事を、久々に。

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ここ最近、作業をするうえでのルーティーンでやっていた役割が、変わりました。


普段、他のかたの動きを目にしていたので、自分でも出来るかと思いきや、いざ自分でやってみると、全く違う動きをしてしまいました。


「違う違う。ここはこうだよ。」と、丁寧にひとつひとつ教えてくれる仲間のかたがたには感謝で、けれど、『説明を受けること』が“苦手”なわたしは、説明を受けながら動きにおこすことが、あまりスムーズにいきません。

“ながら”作業が昔から、苦手なのです。
(最近、そのことに気が付きました。)

二つのことを、一度に同時に出来ない、というか。

二ついっぺんにやろうとすると、頭がパニックを起こす感覚があります。


なんだか、余裕がなくなって、いっぱいいっぱいになってしまうのですよね。。


お仕事でも、説明(言葉)を聞いて、頭でしっかり理解をする前に体で動いてしまうと、理解出来ていない分、動けなくて。


そんなわたしの行動に、イライラさせてしまっていないか、呆れられてしまっていないか、相手の感情や表情を気にしてしまう。。


それに怯え、動きもうまくいかなく、結果、だめだめな感じになってしまいます。

そうして、落ち込む、のパターン。


落ち込んだら落ち込んだで、心のなかだけで収めればよいものの、いかにも“落ちています”という空気を放ってしまう。

本当に気分が落ち込んでしまっているのと、あとはもしかしたら、心配をしてもらいたいのかなって。

そんな考えのよぎりも。


けれど、それは単なるわたしのわがままだと気づいたときには、そのような考えを抱いたり、そういう空気を出してしまう自分に憤りが出てきて。



仕事に集中、作業に集中。

自分は意思のない空っぽの、ただ動くだけの“人形”だって。


そうでも思わないと、あまりの《不安定》な心の状態で、自分がどういたらいいのか分からなくなってしまいます。


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“ながら”が出来ないのと、あともう一つ。

《記憶力》がないなと、ここ最近、強く思いました。


せっかく説明をしてもらっているのに、頭で理解するまで時間がかかってしまうのと、完全に説明を理解して自分のものにしないと、行動に自信がもてないのと、何度も繰り返さないとその作業を覚えられない。


このあたりは、パニック障害ではなく、アスペルガー症候群のほうに、近いのでしょうか?


向きや位置などが、覚えていたことと少しでも違ってくるとなると、頭のなかでパニックを起こし、全く分からない状態になってしまうのです。。


厄介ですね。


この“厄介”が、わたしと関わるかたにも思われてしまうのだということの、申し訳なさと恐怖感。


***

写真の鬼は、今日から2月ということで、‘節分’の鬼。


スーパーで豆まき用のお豆を買ったところ、お面もお持ち帰りようで置いてあったので、もらって帰ってきました!

今日の朝、お仕事場の倉庫に飾ってみたりして笑

季節ものだし、いいかな?と思ったのですが、それを見たお仲間さんがたに、「いやいやいや(^^)」と、笑われてしまって。

それが、面白半分で笑っていたのか、本気の意味での「いやいやいや」だったのか、瞬時に後者の意味で捉えてしまったわたしは、すぐに落ち込んでしまいました。
(あまり、表には落ち込んでいる表情を出さなかったけれど。)



よいかな、喜んだり楽しんでもらえるかなと思ったけれど、そうではなかったのかな。



難しいな。



だから、人に対して行動をおこすことに、臆病になり、億劫になり、次第に止めていったのでしょう。。



自分が、“考え過ぎ”なだけなことも、あるのだろうけれど。


、、難しいな。。